車窓から。

非アイドルグループ、超特急について。twi:@ArO_CTQ6116

バッタマンはエモである。

前置き。
表題にある曲、及びセンターに立つメンバーに対する想いをツラツラツラツラ書き述べたブログ。
加えて過去こんなことがあったあんなことがあったと述べているブログ。
なんだか書いていて老害古参がマウントをとっているように感じられるかもしれないなと思ったが、決してそんな意図はない。古参でもないし。
別にこんなことを知っていようが知っていまいが関係ないし、こんな想いを皆が皆が持てという訳ではない。
今現在純粋に楽しいと感じたその気持ちがあればそれ以上のことはない。
じゃあなんで書いて公開したのかと言われれば、おじいちゃんが繰り返す思い出話みたいなもんである。
もし読もうと思った方がいるのなら、
いい年した一人のオタクが勢い余って書き連ねた黒歴史ポエムぐらいの目線で見てほしい。

 

 

バッタマン
作詞作曲:前山田健一ヒャダイン

編曲:Jockie "MASTA BASS" Suama

歌:超特急


超特急「バッタマン」MUSIC VIDEO

私はバッタマンが大好きである。
発売から数年が経つ今も私はほぼ毎日この曲を聴いている。
そして、
ライブにてこの曲のイントロの大太鼓の音が8つ鳴り終わる頃、私の理性は消え失せる。
序盤だろうが中盤だろうが終盤だろうが関係無い、
跳ね、踊り、力の限り叫び倒す
この曲が終わる頃に、私の喉は涸れ果てるのである。

 

そんな全力で臨む必要なんてないのでは?
人はそう言うかもしれない。
もちろんライブに臨むスタンスは自由、楽しむスタイルも自由である。

(ボードや過度なペンラの掲げ、バラードにおける私語や場を乱すうるさいだけのコールはもっての他であるのは当たり前であるが)

 

それでも私は叫ぶのである。

 

なぜ叫ぶのか。

 

これは私が、ここまでの熱情をバッタマンに持つにいたった過程を記した自叙であり、
バッタマンが最強で最狂かつ最叫のエモであることの提言である。

 

2015年5月5日 超特急三周年記念シングルとして、バッタマン/スターダストLOVETRAIN情報が解禁。
バッタマンはその曲調と同じく、勢いのあるスタートダッシュを切ったと記憶している。

まず、あのももいろクローバーZ姉さんの楽曲をいくつも手掛けたヒャダインこと前山田健一氏プロデュース*1、曲調も激しく楽しくキャッチーかつまさにダサかっこよい、聴いているだけでテンションはうなぎ登りだ。
次に見てわかる通りのパフォーマンスの強さ。激しくも真似しやすい振り付け、ユースケくんが考案したコール*2、変顔や絶叫のパフォーマンスが加わりインパクトの強さや放つパワーがどんどん大きくなっていった。
見た目だけではない、バッタマンはその中身も強い。
バッタマンの製作に当たり、前山田氏はメンバーから超特急に対する想いを聴き、それを歌詞にした。
バッタマンの歌詞は超特急の想いそのものなのである。

超特急 デビュー3周年を祝うアニバーサリー・ソング/インタビュー2 - エキサイトニュース

https://www.excite.co.jp/news/article/E1433831638822/

 

この強さを携えて、バッタマンは新たな超特急の武器として猛威を奮った。

 

そう、猛威を奮ったのである。

 

ここからはあくまで私見であると前置きをして語る。

 

初の、そして念願の代々木第一体育館でのライブを経て突入した2016年。
超特急は勢い変わらず外部のフェスやイベントに出演した。
そして超特急を印象づける武器としてバッタマンをパフォーマンスした。
それを続けるなかで、なんとなく、なんとなくである
「え?またバッタマン?」「変顔もういいよ」
そんな言葉、空気を感じた。
たしかにあの奇抜なパフォーマンスは好みが別れるものではあるのは承知している。しかし、ファンの中でもそれが現れたと散見され、不穏となった。
かくいう私も、その空気を流した一人であった。
なんというか、無理をしているように見えてしまったのだ。
センターに立つユースケくんが、目を見開き声を張り上げているその姿を見るのが辛くなった。
血管が切れそうなほどに目を血走らせる彼が、今にも倒れてしまうのではないのかと、そんな風に見えたのだ。
マンネリと鉄板の狭間にあったのかもしれない。
とにかく得も言われぬモヤモヤがまとわりついたのだ。

 

そんな中で、ひとつのインタビューが掲載された。

 

「バッタマン」の葛藤

 

私はこの時初めて、ユースケくんが抱えていた葛藤を知った。
タイミングのズレはあるだろうが、彼も同じように靄を纏っていた時期があった。
しかし、それを払いのけ、前を向いて進もうとしていた、いや進んでいた。
私は自分を恥じた。推しの味方でいられなかった自分を悔やんだ。

 

繰り返し放たれるBurn!やバッタマン、たしかに私は何度も何度も何度も目にした。
もちろん超特急は我々8号車のために歌い踊り叫んでくれる、しかし、外部イベントにおけるそれの大部分は、我々だけに向けられたものではない。8号車ではない、超特急を初めて見る人たちに向けられたものでもあるはずだ。そんなことに改めて気付かされたのだ。

 

それに気づいた私はファンとしていったいができるのか考えた、
推しは前に進んでいる。
辟易していても何も生まれない。
答えは一瞬で出た。
コールである。
全力で楽しむことである。
お手本のように、楽しさを伝染させるように応援するしかない。
なんだかひとつ解放された気分になった。
霧が晴れるような思いとはこのような気持ちを言うのだろう。
幸いにもMBS音祭に乗車できた私は、全力を尽くした。

 

そしてその後、超特急2ndアルバム『Dramatic Seven』発売に合わせて新たなインタビュー記事が掲載される。

このインタビューではDramatic Sevenに収録された個々のモチーフ曲についてメンバーそれぞれにインタビューされているが、
ユースケくんの項では、前述したバッタマンの葛藤についてが掘り下げられ語られている。
葛藤だけではない、パフォーマンスに対する想い、転換、そして決意。
詳しい内容は是非自身の目で読んでいただきたい。
私はこの記事を読んで、「覚悟を決めた」そんなような表現が一番しっくりくるような感情を抱いた。
感動したの一言では安すぎる、拳を握り、雄叫びをあげたくなるような気持ちになったのだ。
ユースケくんではないが、「はやくバッタマンをやりたい、叫びたい。」そんな気持ちだ。

 

話はここで終わらない。
2016年末、Bullet Train Christmas Oneman Show 2016 ~愛す。in WonderLand~@代々木第一体育館神戸ワールド記念ホールでも開催されたが私は乗車できなかったのでそこでの出来事は語れないので割愛)
アルバム、Dramatic Sevenを引っ提げた年末ツアー、
テーマは「愛」
私は上記のインタビューを読んでからその日まで超特急のライブに乗車できていなかった。
「はやくバッタマンで叫ばせてくれ。」
そんなワクワクした気持ちをずっと抱いていた中でのライブだった。
しかし、バッタマンは来ない。*3
来ないが、超特急への想いは溢れる。
特に本編ラストの三曲で凝縮されていく。

Fantasy Love Train ~君の元までつながるRail~
スクリーンに映し出される昨年の代々木でのライブでの映像。
私はこの昨年のライブにも乗車していた。
コンセプトにそぐわない席*4を衝動的に購入し乗車した。
その席は二階の天井近くそれでも、まだまだ空席があった。
一ファンとして悔しかった、もっとたくさんの人に見て欲しいと思った。
それが一年後のこの日はどうだったろうか。
アリーナにあるのは少しの花道とセンターステージ。
二階の上方までペンライトで埋まった会場。
目に見えて増殖した8号車。
超特急が成長した証なのだと感動した。

Peace of LOVE
披露前に、この曲のセンターであるユースケくんの言葉があった。
それは、前述した葛藤について触れている。
涙ながらに彼はそれを語る彼は、前に進めたからこそそれを語れたのだろう。
泣き虫であることは弱虫であるということではない。
ユースケくんは強く言葉を紡いでくれた。
曲前に彼が伝えてくれた「愛してるよ。」の言葉があまりにまっすぐで息を飲んだ。
(この世界は本当はいつも~ありのままの君でいて良いんだよ。のパートを葛藤の底から引っ張り出したコーイチパートだというのもまた出来すぎた物語である。)
 
そして本編ラストの曲
Alwaysyou
披露前のあいさつでは、普段泣かないメンバーまで涙を流し堪えながらきらやかな言葉を紡いでいた。
ユースケくんは、自信に満ち溢れていると言った。
葛藤を乗り越えたからこその自信。
推しがなんと誇らしいことかわからない。
繰り返される「ありがとう」の歌詞。
感謝するのはこちらの方だと言うのに。
「愛」なんていう大それたテーマがああも身に染みてわかることがあるのだろうか。
胸が締め付けられるような感覚だけを感じていた。

 

(謎の)強制アンコール*5を受けて超特急が披露してくれたのは走れ!!!!超特急とfanfare
普段から未来に向かう明るい多幸感を与えてくれる楽曲に、
私はより一層ふわふわした幸せを感じていた。
ユーキさんがfanfareの大サビを歌うもグダグダになるのを微笑ましくみながら。
ユースケくんがなにやら叫びながら(会場だと聞き取れなかった)はけていくのを見ながら。
ふわふわとペンライトを振っていた。
オオオーオー オオオーオー
あぁ本当に幸せな空間だな。と感じていた。

 

デン

 

大太鼓の音が1音なった。

 

体と魂が震えるのがわかった。

 

理性は弾け飛んだ。

 

会場に割れるような歓声が響き渡った。

 

代々木第一体育館の熱が、一気に上昇したのを肌に感じた。

 

 

俺「ウオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

 

バッタマンは楽しい曲だという認識で過ごしていた。
一度私はそれを信じられなくなった。
センターに立つユースケくんは葛藤していた。
奇しくも偶然にも、その時期は重なっていた様である。
あぁそうだったんだな、という納得と悔しさ。
しかし、推しはその葛藤を振り払った。
私は覚悟を決めた。

 

たぶん多くの8号車が、何か普段とは比にならない沸き立つものを感じたのだと思う。
そういう熱量があの日そこにはあった。

 

叫ばざるを得ない。
むしろ叫ぶしかない。

 

出だしのコールまで19秒。
走馬灯と言っては大げさだか、解禁から数年の間に感じた期待・不信・覚悟。バッタマンに抱いた感情全部が一気に全部沸き上がった。

 

超特急で出発進行!!!!!!!!

 

私にとってあの瞬間が、バッタマンに降りかかった呪いを完全に吹き飛ばした瞬間だと認識している。

なんというか、もう負ける気がしなくなった。

 

話はタイトルに戻る。
エモい
意味合いは多岐にわたると思われるが、主に切なさを伴った感動的な状態に使われるかと思われる。(ってググったらでてきた)
私もよく使う。
そんな使い方をしながらも声を大にして言いたい。
バッタマンはエモである。
あの激しさとエモさは正反対ではないのか。
たしかにそうだ。しかしそうじゃない。
エモいの解釈。
エモいはエモーショナルからきた造語である。

エモい
エモーショナル
Emotional
情緒的
感情的

感情的

感情なのである。

今でもずっと残っているバッタマンに関して抱いた考えの変遷。
私なりのバッタマンに対する想い。
バッタマンが好きであることの喜び。
コールをやったったるという闘争心。
2016年に感じた悔しさ悲しさ。
理屈を取っ払ったとにかく楽しい気持ち。
喜怒哀楽、ここまで書いてきたバッタマンに抱いた全部を詰め込んで圧縮して核融合を起こしているような、
そういう感情の塊がバッタマンにはある。
私が厚かましく暑苦しく超特急を応援する感情の根源。
それがバッタマンにある。
バッタマンだけで発揮されるものではない。
超えてアバンチュールでもSAY NOでもJesusでもKiss Me Babyでも、何でも、超特急を応援するに当たっての熱量が熱源がここにある。
バッタマンは私にとって応援の根源だ。

 

以上これが、

これが私がバッタマンはエモいという理由で、

バッタマンで叫び倒す理由だ。
私はバッタマンが大好きだ。

 

ここまで書いておいて繰り返すが、
こんなことを感じようと感じまいと
過去を知っていようと知っていまいとそんなものはどうでも良いのだ。
大事なのは今2019年現在、楽しいと思えていることが最大の事実であり

一番大事なことだ。

 

ただひとつ、妄想で希望論的な話だが、
超特急はダサカッコよさにプライドを持っていて、
ここまで貫いてきたバッタマンに誇りを持っている。(いてほしい。)
変顔奇声ハチャメチャパフォーマンスが、ただやかましいという印象だけで終わらず

人の心を掴むその理由に、その貫いて進んできた”誇り”があるからこそじゃないかと思うと、
こんなにかっこいいことがあるだろうか。

 


超特急「バッタマン」Sweetest Battlefield 神戸ワールド記念ホール

 

おわり。

*1:※初期のころはDISH//含めももクロの弟分として売り出していた。勝手に

*2:タクちゃんも間奏部分あたりを考案してくれましたが浸透しませんでした。8号車はシビアである

*3:※来てたけど殺陣を行うバトルバージョンで完全に記憶から消えてた

*4:雑に言うと天上席。一度運営により販売を取り止められたがローチケHMVのご厚意により安価で販売された

*5:だってTARAKO氏がアンコールしろって呼び掛けてくるから